NEWS
最新のお知らせはこちら

走者、金栗四三・25万キロの軌跡06

2017.5.6

顕彰 グリコ看板のモデルにも

 

大阪名物の江崎グリコの電光看板。ゴールインマークのモデルの1人は金栗四三

 

県民総合運動公園陸上競技場の「金栗ゲート」を駆ける市民ランナー=2014年4月 熊本市

 

日本スポーツ黎明[れいめい]期のパイオニアとして、マラソンや陸上競技の発展に生涯をささげた金栗四三。「日本マラソンの父」をたたえるイベントや施設は、全国各地に残っている。
1998年に完成した県民総合運動公園陸上競技場(熊本市東区)は、金栗の頭文字などにちなむ「KKWING」の愛称で長く親しまれた。命名権の導入で「うまかな・よかなスタジアム」「えがお健康スタジアム」と変遷した今も、第3ゲート(マラソンゲート)は「金栗ゲート」と呼ばれている。
2012年には、四三が初出場したストックホルム五輪から100年を記念して、小学生によるたすきリレーなどの顕彰イベントが開催された。
ゆかりの競技大会も数多い。その一つ、日本一の高低差がある過酷な富士登山駅伝(静岡県御殿場市)は、四三の提唱で始まった富士山での高地トレーニングに由来する。一般の部の優勝チームには「金栗四三杯」が授与される。
変わったところでは大阪・道頓堀名物の巨大なランナーの電光看板とも関わりがある。設置者の江崎グリコ広報部は「大正~昭和初期に活躍した3人の陸上選手がモデルで、金栗さんもその1人」と説明。四三は大阪のランドマークとなって、今も走り続けている。(木村馨一、前田晃志)

 

2018年03月25日(日)付熊本日日新聞朝刊掲載

 

玉名市の公式観光案内サイト タマてバコ

up