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1日3,000トンの清水が湧き出す宇土市の轟水源(とどろきすいげん)は、宇土半島の付け根部の小高い山々の麓(ふもと)にあります。「日本の名水100選」にも選ばれ、県内外から多くの観光客が訪れています。
江戸時代、海に近い宇土城下の町の井戸は塩分が濃く、人々は飲み水に大変困っていました。当時の宇土細川藩主の二代目行孝(ゆきたか)は町から3キロ離れた轟水源から良質の水を引き込むための水道工事を行いました。この水道は轟泉(ごうせん)上水道と呼ばれ、総延長は4.8キロにもなる立派なものです。
水道管は焼き物で作られていたため長い間使っているうちに、ヒビ割れや破損で水漏れが激しくなりました。このため六代目の細川興文(おきのり)は、もっと頑丈な水道管をと、これまでの焼き物に換えて石を使った水道管の大改修を行いました。
水源近くの轟御殿跡には「轟泉資料館」があり、日本最古の上水道管やマスが展示されています。水道管に使われた石は馬門石(まかどいし)と呼ばれ、藩内の網津村から運び込んだといわれています。
轟泉上水道は約300年前の完成と言われていますが、今でも120戸余りの家庭で実際に使われています。今なお現役の水道としては日本最古のものになります。
<2002年8月13/17日、撮影・編集 白石>
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