▲かつての運動場に作られた長さ80メートルの水槽。
水車を回して流れを作ることで藻が沈まないようにしている |
人の気配もなく、静まり返った廃校の運動場に並ぶ、細長い巨大な3つの水槽。そこには緑色の水がゆっくりと流れています。この奇妙な施設は、天草市五和町の旧五和西中学校の跡地に、大手自動車部品メーカーのデンソー(本社愛知県)がつくった天草事業所。ディーゼルエンジンに使うバイオ燃料の研究を行うため、今年7月に開所しました。
水槽の水の緑色の正体は藻。アオノリの仲間で、シュードコリシスチス(以下、シュード)という種類です。「単細胞で、二酸化炭素(CO2)と光をもとに光合成を行い、8時間に1度、細胞分裂して増殖します」と説明する同社新事業推進部の渥美欣也さん。シュードは、同社が国内の温泉地で発見し、特許を取得しています。
天草が研究施設の設置場所に選ばれたのは、廃校のグラウンドに水槽などの設置に必要な広さが確保できるため。それに加え、シュードの増殖に適した温暖な気候と日当たりの良さ、豊富な地下水などの条件がそろっていたからです。 |
▲天草の施設で藻から取り出されるバイオ燃料は現在、月に約100リットル |
多くのメリット 課題は生産コスト
シュードは、栄養を与えないようにすると、体内の糖やタンパク質を油に変える性質を持ち、油の割合は体重の30%近くになります。
現在、天草事業所で行われているのは、シュードの培養と、それを乾燥させて油を取り出す研究。施設内にある長さ20メートル、40メートル、80メートルの3つの水槽で、それぞれ5日〜10日かけて培養し、小さい方から順に大きい水槽へ移していきます。
同社がシュードに着目したのは、油を作る能力に優れているという点以外にも、「育てやすく増えやすい」「油を絞ったあとのかすを肥料や家畜・魚のエサに活用できる」などのメリットがあるからです。
さらに、「光合成によってCO2を吸収して油を作り出すので、油を燃やしても大気中のCO2がトータルで増えることはありません」と渥美さんは話します。バイオ燃料の中にはトウモロコシやパームヤシなどの食料を原料にしているものがありますが、利用価値が上がると価格が高騰する懸念もあります。しかし、「藻は食料ではないので価格上昇の心配もなく、培養を続ければ原料が枯渇することもありません」。
多くのメリットを持つシュードが作り出す油への期待は膨らみます。ただ、実用化に向けては生産効率の向上などでコストを下げたり、生産量を増やす必要があり、まだまだ超えなければならないハードルは少なくありません。
▲大きさ5マイクロメートルという小さな藻「シュードコリシスチス」
(写真=デンソー提供) |
▲丸く光って見える部分が、シュードが作り出した油
(写真=デンソー提供)
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次世代エネルギーが天草の産業創出にも
車をはじめ、さまざまな機関を動かす燃料として使われるだけでなく、多くの工業製品・日用品の原料としても多用されている石油。しかし、石油や石炭などの化石燃料は、いずれも限りある資源で、いつかは枯渇してしまいます。
さらに、燃やすことで地球温暖化の原因となるCO2を大量に排出することも、大きな問題です。その課題を解決するために、風力や水力を利用した自然エネルギーのほか、トウモロコシやサトウキビなどを発酵・ろ過させたバイオ燃料がすでに実用化され、化石燃料に代わる次世代エネルギーとして注目されています。
天草事業所で進む、油を作り出す藻の研究には、地元も新たな産業の創出につながると期待を寄せています。近い将来、天草が「日本最大の産油地」となる日が来るかもしれません!? |