原点を重視し女子教育に徹す |
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江口 学園の歴史は、明治二十一(一八八八)年に開設された「済々黌附属女学校」を源としています。江戸末期に松下村塾の吉田松陰先生が女子教育の重要性を説いておられました。この先生に深く私淑しておられた済々黌の佐々友房校長が内藤儀十郎尚絅女学校初代校長ら同志と共に開設されました。以来、紆余曲折があったわけですが、学びやとしての形が整ったのはずっと後のことになります。本学は「良妻賢母」の養成をモットーにしてきましたが、これはあくまで男性側から見た女性の理想像で、儒教と言うか朱子学をバックボーンにしています。 ―「尚絅」のネーミングを、いまの時代どう思われますか。 江口 この言葉は、中国の古典「中庸」から採ったもので「たとえ身に錦をまとえども薄衣にて覆うほどにつつましやかであれ」という意味です。明治中期のいわば西洋かぶれの軽佻浮薄(けいちょうふはく)を戒めたのでしょう。今日の社会風潮の中でも大切な教えだと、あらためて思います。 ―昭和初期になって「尚絅五か条」というのが出来たそうですね。 江口 世界中に不況の嵐が吹き荒れ、戦争ムードが高まっていく時代です。「尚絅、貞操、敬愛、勤倹、報恩」の五つを五か条というんです。どれも大事なことで、今でも通用すると思いますが、「貞操」は当時の男性が女性に押しつけたもので気に入りません。時代遅れです。男性も女性も「誠実」であるべきでしょう。
江口 そうですね。いま学園創立時の理念に立ち返って、新しい学園理念を作らなければいけないと思っています。私は子どものころ、母親に男というものについて、女との違いを徹底して教え込まれました。やはり男には男の、女子には女子の性の特性があるわけですから、本当の意味での女子教育機関があってもいいと考えるようになりました。家族内でも地域社会でも、国際的にも、人間の尊厳性を失くした事件が氾濫(はんらん)しています。こんなときだからこそ「自然に対する畏敬の念」と「命の尊厳性」を教育していかなければならないと考えます。教育は二、三年先を見るのではなく、目標を二十年ぐらい先に置いて、将来を見据えることが大事ではないでしょうか。 |
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